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東京地方裁判所 平成9年(わ)4177号 判決 1998年5月13日

本籍

千葉県市原市五所一四五七番地

住居

右同

職業

無職

林昌司

昭和二二年六月一三日生

本籍

千葉県市原市五所一四五七番地

住居

右同

職業

不動産賃貸業

林幸子

昭和二四年八月一七日生

主文

被告人両名をそれぞれ懲役一年及び罰金一三〇〇万円に処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、被告人両名について金二〇万円を、それぞれ一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

被告人両名に対し、この裁判が確定した日から三年間それぞれその懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、その二分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人林昌司及び同林幸子は、千葉県市原市五所一四五七番地に居住し、被告人林昌司の養父であり被告人林幸子の実父であった林喜作の死亡により同人の財産を他の相続人と共同相続したものであるが、分離前の相被告人白井正吉、同柴山幸三、同石坂和男及び同村岡紀英と共謀の上、相続財産である土地等の一部を除外して課税価格を減少させる方法により、被告人両名の相続税を免れようと企て、被相続人林喜作の死亡により同人の財産を相続した相続人全員分の正規の相続税課税価格は合計六億五三〇五万円で、このうち被告人林昌司分の正規の相続税課税価格は二億七三六七万八〇〇〇円、被告人林幸子分の正規の相続税課税価格は二億七一九三万六〇〇〇円であった(別紙1の相続財産の内訳及び別紙2の脱税額計算書参照)にもかかわらず、平成八年七月一〇日、千葉市中央区蘇我町一丁目五六六番地の一所在の所轄千葉南税務署において、同税務署長に対し、右村岡において、相続人全員分の相続税課税価格は合計三億五四七九万三〇〇〇円で、このうち被告人林昌司分の相続税課税価格は一億一九九四万八〇〇〇円、被告人林幸子分の相続税課税価格は一億二七四〇万九〇〇〇円となり、これに対する被告人林昌司の相続税額は二八九三万四五〇〇円、被告人林幸子の相続税額は二八九九万〇九〇〇円である旨の右石坂作成にかかる虚偽の相続税申告書(平成一〇年押第四六二号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告人林昌司の正規の相続税額八〇〇一万七〇〇〇円と同人に関する右申告相続税額との差額五一〇八万二五〇〇円(別紙2の脱税額計算書参照)を免れるとともに、被告人林幸子の正規の相続税額七九五〇万四一〇〇円と同人に関する右申告相続税額との差額五〇五一万三二〇〇円(別紙2の脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。

一  第一回公判調書中の被告人両名の供述部分

一  被告人両名の公判供述

一  被告人林昌司の検察官調書(乙二〇)

一  被告人林幸子の検察官調書(乙二二)

一  白井正吉(乙二五)、柴山幸三(乙三三)、石坂和男(乙五八)、村岡紀英(二通、乙六二、六四)及び斎藤一雄(甲二八)の各検察官調書

一  検察事務官作成の捜査報告書(甲二九)

一  大蔵事務官作成の土地調査書(甲二二)、家屋・構築物調査書(甲二三)、現金・預貯金調査書(甲二四)、その他の財産調査書(甲二五)、債務及び葬式費用調査書(甲二六)、純資産価額に加算される贈与財産価額調査書(甲二七)、領置てん末書(甲三二)及び報告書(甲四六)

一  市原市長作成の戸籍謄本(甲三〇、含附票写し)

一  押収してある相続税の申告書一袋(平成一〇年押第四六二号の2)

なお、弁護人は、被告人両名が、本件申告行為の前には、共犯者らから脱税の具体的方法等について知らされておらず、ほ脱の故意は未必的なものにとどまる旨主張し、被告人両名もこれに沿う供述をしている。

しかし、関係証拠によれば、まず、被告人両名は、共犯者らに本件を依頼する前に、別の税理士事務所に試算してもらって正規の相続税額が被告人両名分合計約一億六〇〇〇万円になる見込みであることを認識していた。

そして、被告人林昌司については、本件申告行為の前に、共犯者村岡らから同人らの作成した申告書を見せられ、申告金額が被告人両名分合計約五八〇〇万円で、右試算にかかる相続税額のわずか三分の一強に過ぎないことを認識していた上、共犯者村岡らから通常の税理士報酬を遙かに超える五二〇〇万円もの法外な謝礼を要求されており、被告人林昌司自身も、当公判廷において、「工夫を凝らしても全く正しい方法では通常の半分以下に税額を下げることはできないと思っていた。何かまともじゃないなと思った。謝礼が五二〇〇万円になるのもおかしいと思った」旨供述している。

また、被告人林幸子についても、具体的な申告金額は知らされていなかったものの、本件申告行為の前に、共犯者村岡らに対する謝礼が五二〇〇万円であることは聞かされていたから、それを除いた被告人両名の直接の利得額も同程度で、従って、申告金額が前記試算額より合計で一億円程度圧縮されることは当然知悉していたはずであり、また、被告人林幸子自身も、当公判廷において、「税額が試算額の半分以下になるはずがないと思っていた。正当な手続きであれば五二〇〇万円もの高額な報酬を要求されるはずがなく、いんちきな手続きであることは分かっていた」などと供述している。

以上を総合すれば、被告人両名が、本件申告行為の当時、共犯者村岡らが不正な方法によって申告を行うことを明確に認識・認容しており、ほ脱の故意が確定的なものであったことは優に認められる。

(法令の適用)

罰条 各納税義務者ごとに刑法六〇条、相続税法六八条一項、二項(情状による)(被告人林昌司につき同林幸子の相続税ほ脱の点、同林幸子につき同林昌司の相続税ほ脱の点に関して、それぞれに刑法六五条一項)

科刑上一罪の処理 刑法五四条一項前段、一〇条(一罪として犯情の重い林昌司の相続税ほ脱の罪の刑で処断)

刑種の選択 懲役刑及び罰金刑

労役場留置 刑法一八条

執行猶予 懲役刑につき刑法二五条一項

訴訟費用 刑訴法一八一条一項本文

(量刑の理由)

本件は、不動産等を相続した納税義務者である被告人両名が、脱税請負人である共犯者らに依頼して敢行した相続税の過少申告ほ脱の事案である。

ほ脱額の合計は一億〇一〇〇万円あまりに上り、ほ脱率も約六三・六パーセントと高率である。また、本件脱税の方法は、相続財産である不動産の一部を丸ごと除外して申告を行うという大胆なものである。本件の動機について、被告人両名は、高額な相続税の納付のために相続財産である先祖伝来の不動産を手放したくなかった旨供述しているが、結局は、自分たちの手元に残る財産を少しでも多くし経済的利益を図ることが目的であり、酌量すべき余地はない。被告人両名は、納税義務者であって、その関与なくして本件は成り立ち得なかったところ、知人である共犯者を介して脱税請負人である他の共犯者らのことを聞き及ぶや、違法性を十分認識しながら敢えて脱税工作を依頼し、本件に及んでおり、犯情は悪質である。脱税は、租税負担の公平を損ない、国家の租税収入を減少させ、社会全体に損害を与える重大な犯罪であるところ、被告人両名のような依頼者の存在が職業的な脱税請負人らをはびこらせ、本件同様の事案を横行させているのであって、被告人両名に対しては厳しい非難が加えられなければならない。これらのことからすると被告人両名の刑事責任は軽視できない。

しかし、被告人両名は脱税の具体的な手段・方法等までは知らされておらず、本件は脱税請負人である共犯者らにおいて主導的に計画・敢行したものと認められること、ほ脱額の約半分の五二〇〇万円は謝礼名目で共犯者らにわたっており、被告人らが直接得た利益は約五〇〇〇万円にどどまること、修正申告の上、本件に関する本税、延滞税等のうち七四〇〇万円あまりについて納付済みであり、残額についても今後物納等によって納付される見込みであること、被告人両名が概ね事実を認め、今後二度と脱税しない旨供述して反省の態度を示しており、前科のないことなど、被告人両名のために酌むべき事情もあるので、以上を総合考慮し、主文の刑が相当と判断した(求刑 いずれも懲役一年及び罰金一五〇〇万円)。

(検察官高畠久尚、岩山伸二、被告人両名の国選弁護人堀内国宏各出席)

(裁判官 保坂直樹)

別紙1

相続財産の内訳

平成7年10月30日現在

林昌司、林幸子

<省略>

別紙2

脱税額計算書

納税者 林昌司

<省略>

納税者 林幸子

<省略>

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